壺齋散人の 美術批評 |
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ブリューゲルの版画 |
ピーテル・ブリューゲルの画風は、あまりにも特異だったこともあり、世間で高く評価されることがなかったが、版画だけは例外で、同時代人にも人気があったといわれる。とりわけ風景画は人気があった。ブリューゲルが生きた16世紀のフランドル地方は、風景を描く画家が多くいたらしく、ブリューゲルはその中でも花形的な位置を占めていたらしいのだ。フランドルの絵画は、17世紀に華やかな風景画の世界を花開かせるのだが、ブリューゲルはその先駆者として位置付けることもできる。 ブリューゲルが風景画を描いたのは、イタリアへの修行の旅から帰ってきた後の、1555年から1556年のことである。1557年以降は、風景画という狭い枠を離れて、今日ブリューゲルの特徴とされているあの独自な世界に踏み出すにいたるから、彼が風景画家として活躍したのは、ごく短い間に過ぎない。 ブリューゲルに版画のための下絵を依頼したのは、ヒエロニムス・コックという人物だった。コックは自身も画家であったが、とりわけ風景画を好んだ。それもティツィアーノやカンパニョーラなどイタリア・ルネサンスの様式を好み、イタリア風の風景画をブリューゲルにも求めたのだと思われる。 ブリューゲルは、コックの要望に応えて、大風景画シリーズと今日いわれる一連の風景画を制作した。それらはアルプスの雄大な景色やら、農村の穏やかな風景を描いたものだ。後にこうした作風をもとに、17世紀のフランドルの風景画が育ってくるのである。 アルプスの風景:ブリューゲルの風景版画 田舎の世話:ブリューゲルの風景版画 荒野の聖ヒエロニムス:ブリューゲルの風景版画 ネーデルラントの四輪馬車:ブリューゲルの風景版画 休息する兵士たち:ブリューゲルの風景版画 エマオへの道:ブリューゲルの風景版画 聖アントニウスの誘惑:ブリューゲルの版画 大きな魚は小さな魚を食う:ブリューゲルの版画 学校のロバ:ブリューゲルの版画 忍耐:ブリューゲルの版画 冥府へ下るキリスト:ブリューゲルの版画 最後の審判:ブリューゲルの版画 貪欲:ブリューゲル七つの大罪 傲慢:ブリューゲル「七つの大罪シリーズ」 激怒:ブリューゲル「七つの大罪」 怠惰:ブリューゲル「七つの大罪シリーズ」 嫉妬:ブリューゲル「七つの大罪シリーズ」 大食:ブリューゲル「七つの大罪シリーズ」 邪淫:ブリューゲル「七つの大罪シリーズ」 誰もが:ブリューゲルの版画 節制:ブリューゲルの版画「七つの徳目シリーズ」 ホボーケンの縁日:ブリューゲルの版画 |
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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2011 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |