壺齋散人の 美術批評
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書斎の聖ヒエロニムス:デューラーの三大銅版画




「書斎の聖ヒエロニムス」は、デューラー三大銅版画の中でもっとも完成度が高い作品だといえる。ということは、ヨーロッパの銅版画史上最高傑作ということになる。なにしろデューラーは、西洋絵画史上最も偉大な銅版画家ということになっているのだから。

この版画をみて感じるのは、広々とした空間だ。室内であるにも拘わらず、そこに広々とした空間性を感じさせる所以は、一つには透視法によって奥深い空間が表現されていること、もう一つには光の偏在ということだ。

デューラーは意図的に透視法を駆使した画家だ。それによって遠近感を表現するのが主な目的であるが、それがこのような室内空間に適用されると、強い遠近感が実現される。この版画の中の空間が広々と感じられるのは、この透視法による遠近感のもたらす効果度といえる。

光の処理も秀逸だ。左側から窓越しに室内に差し言った光は、さまざまな模様を描きながら、室内全体に広がる。その光の効果が、室内の空間を生き生きとしたものにさせる。室内と云う者はとかく単調になりがちなものだから、それを絵として見せようとすれば、光による空間の演出が必要となる。後の時代になるとレンブラントやフェルメールが窓越しに差し入った光によって、室内の人物を劇的にクローズアップさせる手法を追求したが、デューラーは彼らの偉大な先駆者としての位置づけを主張しているわけである。

空間の奥まったところに坐した聖ヒエロニムスが、光の中に浮かび上がったテーブルに向かって何か作業をしている。恐らく書き物をしているのだろう。手前の床にはライオンの大きな躯体が横たわり、左側の棚の上には骸骨が無造作に置かれている。どちらも聖ヒエロニムスの兆票のようなものだ。ライオンは、足に突き刺さった棘を聖ヒエロニムスに抜いてもらって以来、常に護衛役として付き随ったという伝説がある。そのことから、ライオンを伴った聖者と言えば、一目で聖ヒエロニムスとわかるのである。

ライオンの隣に横たわっている犬は、空間を埋めるための飾り物だろう。

(1514年、銅版画、25.9×20.1cm)





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