壺齋散人の 美術批評
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戦争:ルソーの世界




「戦争(La guerre)」と題したこの絵は、ルソーの初期の代表作というべきもので、1894年春の第十回アンデパンダン展に出展された。ルソーは前年の1893年の12月に長年つとめていたパリの入市税関をやめたが、それはこの作品の制作に打ち込むためだったともいわれる。ルソーはいよいよ画家としての自分に確固たる信念を抱くようになったのであろう。

ルソーと戦争とは無縁ではない。ルソーには六年間の軍隊生活の体験があった。彼自身は戦場に赴くことはなかったが、同僚の多くは、メキシコ戦争や普仏戦争に従軍し、戦死したり負傷したりしていた。そういう意味では、ルソーにとって戦争は身近なテーマだったのである。

ピカソのゲルニカにインスピレーションを与えたと指摘されるこの絵は、ゲルニカに劣らず強烈な印象を与える。その印象は、現実ばなれした画面の構成から伝わって来る。中央には、戦いの女神とおぼしき女性が、左手に松明を持ち、右手で剣を振りかざす姿で描かれているが、彼女は馬に乗っているというよりは、馬に並行して走っているように見える。その馬も、馬にしては顔が異常に長いし、また口先はイノシシを思わせる。馬というより、怪獣といったイメージだ。

馬の足元には大勢の人間が死んで横たわっている。大部分は裸だが、前景中央の男だけは、白いシャツと茶色のタイツをはいている。大勢の死者たちがなぜ裸で描かれているのか、明らかなことはわからないが、おそらく死は人間をむき出しにするからだろう。

ルソーが根っからの平和主義者だったことはよく知られている。その彼が、六年間も軍隊にいる間に一度も戦場に行くことがなかったのは、おそらくかれが無能な兵士だったからだが、それが彼には幸いした。殺し合いは耐えられなかっただろう。

なお、この絵は、後にルソーの深い理解者になるアルフレッド・ジャリによって高く評価された。ジャリは後にルソーをさまざまな芸術家に結びつけることになる人物である。

(1894年 カンバスに油彩 114×195㎝ パリ、オルセー美術館)




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