壺齋散人の 美術批評
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夢:アンリ・ルソーの世界




アンリ・ルソーは、生涯の画業の集大成というべき「夢」を、死の年1910年の第26回アンデパンダン展に出展した。そしてこれが彼の遺作となった。というのも、脚にできていた癌性の壊疽が急速に悪化して、九月の初旬に、長男アナトールが死んだ病院で死んだのである。死後、ルソーは個人墓が買えない貧者用のバニュー共同墓地に葬られたのであった。

遺作でありかつ畢生の大作であるこの絵は、ルソー晩年のモチーフたる異国風景のなかに、一人の裸婦を配している。ルソーが裸婦を描くのは珍しいことで、現存するのは5点しかない。この絵の中のように、大胆なポーズをとっているものはほかにない。

この絵のモデルが誰なのか、大きな話題になった。ルソー自身は、この絵の為につくった詩の中で、この女性をヤドヴィガと呼んでいるが、そのヤドヴィガが誰なのか、はっきりしないのだ。さまざまな事情を考え合わせると、妻のクレマンスが死んで、税関をやめるまでの間に、ルソーが思いを寄せたポーランド人女性ではないかと推測される。クレマンスが死んだ後、ルソーは複数の女性に思いを寄せたのだったが、ヤドヴィガはその一人だった可能性がある。

ルソーは、詩の中で、この絵はヤドヴィガの見た夢を描いたのだといっている。つまりヤドヴィガの見た夢を、ルソーが夢に見たわけであろう。いかにもルソーらしいではないか。

ジャングルのなかに置かれたソファの上に、裸のヤドヴィガが横たわっている。彼女が聞き入っているのは、黒人男が吹く縦笛の音。その音にさそわれるようにして、他の動物たちもあらわれる。二頭のライオン、うち一等は正面を向き、一等はヤドヴィガのほうを向いている。ライオンの手前にはのたうつ蛇が見え、樹上には鮮やかな鳥のシルエットが見える。また象の横顔も樹林ごしに見える。かなり賑やかな眺めだ。

空には白い太陽がかかっているが、それがジャングルに陰影をもたらしている。ルソーにはめずらしく、裸婦に影がつけられているのは、その印影のあらわれなのであろう。

(1910年 カンバスに油彩 204.5×298.5㎝ ニューヨーク近代美術館)




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