壺齋散人の 美術批評
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女と鸚鵡:ドラクロアの世界




ドラクロアは、女性の裸体をそれ自体としてモチーフにしたいわゆる裸体画を、あまり描かなかった。時代が要求しなかったからだ。当時女のむき出しの裸体画は、たいてい猥褻と受け取られた。猥褻でないと認められるのは、ルネサンス風の極度に抽象化されたフォルムであって、たとえばアングルの「泉」などはその例である。「泉」には、ほとんど性的な雰囲気を感じることはない。その「泉」でさえ、完成したのは1850年代のことだ。

「女と鸚鵡(La femme au perroquet)」と呼ばれるこの作品は、そんなドラクロアの裸体画の傑作。これを描いたのは1827年のことだから、まだ世間に好意的に受け取られるのはむつかしかった。じっさいドラクロアは、この小品を自分の個人的な趣味の表現として描いたと思われる。テオフィル・ゴーティエは、1932年にこの絵を見る機会があったが、豊かな色彩感に感心したという。その色彩への関心を、ボードレールは受け継いだものと思われ、後年精力的なドラクロア論を展開するにあたって、色彩の豊饒さをキーワードに使ったものだ。

布で覆われたソファの上に、一人の裸体の女が横たわっている。女は両足を不自然に組合せ、左手をだらりと垂らしている。その指先には鸚鵡の姿があり、その鸚鵡を女の視線も追っている。だからこの絵の中の鸚鵡は、二重の視線の動きに導かれているわけだ。それが画面に独特の動きをもたらしている。

バロック絵画ほどではないが、光の効果も計算されている。光は画面右上からさしているのだが、それが繰り広げる陰影は、かなり複雑だ。その複雑さは、バロック的な単純さとは違った、ロマン主義的な繊細さを醸し出している。

モデルは、「ミソロンギの廃墟に立つギリシャ」同様、ロール嬢とされる。豊満な肉体の暖かさのようなものが伝わって来る。この絵は、ほとんど暖色で塗られているので、女の肉体を含めて、全体が豊穣さを感じさせる。

(1827年 カンバスに油彩 24.5×32.5㎝ リヨン市立美術館)




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