壺齋散人の 美術批評
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受胎告知:エル・グレコの幻想




受胎告知はキリスト教宗教画の中でも最も重要なテーマの一つであるから、エル・グレコもそれを繰り返し描いた。この作品は、エル・グレコがスペインに向かって出発する直前に描いたものとされる。

この時期にエル・グレコがどこにいたのか、いまだに論争のタネになっている。というのも、この絵にはティツィアーノらヴェネチア美術の影響が顕著であり、そんなところから、エル・グレコはいったんローマからヴェネチアに戻ってこの絵を描いた後に、スペインに旅立ったのではないかとの推測が成り立つからだ。エル・グレコがスペインに行くにあたっては、師匠のティツィアーノがスペイン王フェリペ二世に弟子のエル・グレコを強く推薦した事実もあり、そんなことも加わって、彼がヴェネチアからスペインに旅立ったという推測も出て来たわけである。

この絵は、10年近く前に、モデナの三連祭壇画のために描いた受胎告知の絵を下敷きにしている。両者を比較すると、技術的にも美術的にも格段の進歩が見られる。

この絵を見てまず誰もが感じることは、後年のエル・グレコの代表的な諸作品と全く違った雰囲気を漂わせているということだ。人物の身体の比率は、後年の絵のように極端ではない。優雅な感じが、むしろ理想的な人間の姿を物語っているように受け取れる。これは、ヴェネチア派の特徴であって、エル・グレコはヴェネチアの画風から、こうした理想的な人体の描き方を取り入れるとともに、豊かな色彩感覚をも受け継いだのだと思われる。

左側には、祈祷台を前にしたマリアが、胸に手をあてて何やら瞑想している。そのマリアの目の前に大天使ガブリエルが現れて、空中に浮かびながら、マリアに話し掛けているのは、マリアが処女のまま受胎したことを告げているのである。

床の格子パターンの配置で遠近感を演出しながら、それを欄干で遮断することで、安定した空間を作り出している。色彩と言い、構図と言い、非常に完成度の高い絵だといえる。

(1976年頃、キャンバスに油彩、117×98cm、マドリード、ティッセン=ボルネミッサ美術館)





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