壺齋散人の 美術批評
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エル・グレコの幻想:作品の鑑賞と解説


エル・グレコが高い評価を以て見直されるのは20世紀になってからである。それまでは、マニエリズムの亜流くらいの位置づけにすぎなかった。それが高く評価されるようになったのには、ビザンチン美術が20世紀になって高く評価されるようになったことが働いている。エル・グレコはこのビザンチン美術の伝統の上に改めて位置付けられたのである。

エル・グレコの特徴と言えば、幻想的な雰囲気、デフォルメされた人物、人々の顔を並べたがること、そして強烈な色彩感覚、といったものが上げられるが、これらは皆、西脇順三郎がいうように、ビザンチン美術に特有な要素なのである(ファブリ世界名画集11、解説)。エル・グレコは、ティツィアーノを通じてヴェネチア派の影響も受けているが、基本にはビザンチン美術の伝統がある。
エル・グレコがビザンチン美術を受容することから自らの画家としての歩みを始めたのは、不思議でも何でもない。彼は、ギリシャ人としてクレタ島に生まれ、そこで絵の基礎を学んだのだったが、ギリシャはビザンチン美術の拠点だったのだ。エル・グレコはそこでビザンチン風の絵を体得し、それを生涯自分の芸術の基礎とした。彼の絵はよく「ビザール(新奇)」と言われたものだが、この言葉は西脇も指摘しているように、「ビザンチン風」という意味なのだ。

エル・グレコという名前は本名ではない。ギリシャ人と言う意味のあだ名である。本名はドメニコス・テオトコプーロスといった。エル・グレコは20代の後半にヴェネチアに渡り、それ以降ローマを経てスペインに渡り、スペインで73歳で死ぬのであるが、その長い外国暮らしの間に、周囲からエル・グレコというあだ名で呼ばれ、自分自身もそれを名乗った。時にはドメニコ・グレコと自称することもあった。

エル・グレコがヴェネチアに渡ったのは、そこがルネサンス美術の拠点であったということもあるが、それ以上に、クレタ島がヴェネチアの植民地であったという事情があった。宗主国であるヴェネチアは、クレタ生まれの者にとっては、なにかと活動に便利だったはずだ。ヴェネチアでは、エル・グレコはティツィアーノの工房に入って、ヴェネチア派の技巧を身に着けた。線ではなく色彩を重視し、色の明暗によってフォルムを表現するのがヴェネチア派の基本的な特徴だった。エル・グレコは、クレタ島でマスターしたビザンチン風の技術に併せてヴェネチア派の技術を取り入れ、そこから自分独特の世界を切り開いていったといえる。

エル・グレコがトレドに渡ったのにはいくつかの背景があると考えられる。一番大きいのは、当時スペイン王だったフェリペ二世が新しい宮廷画家を求めていたということである。もし、この職にありつけることができれば、経済的にも名声の上でも、エル・グレコは大きな利益を得ることができる。もう一つは、トレドは反宗教改革の拠点であり、なおかつ、そこにはギリシャ人のコロニーのようなものが存在した。宗教改革に反対の姿勢をとり、また、ギリシャ人であったエル・グレコにとっては、トレドは特別の魅力を持っていたわけである。

スペインにわたる直接のきっかけは、トレドの教会から祭壇画の作成を依頼されたことであった。サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ聖堂及びトレド大聖堂の祭壇画である。続いてエル・グレコは、フェリペ二世からも注文をもらった。フェリペ二世が造営していたエル・エスコリアル聖堂のための宗教画である。これらの業績は、あまり評価されず、フェリペ二世からは全く相手にしてもらえなかったほどだったが、宗教画家としてのエル・グレコの名声は、それにも拘わらず定着した。彼はその後死ぬまで、宗教画の注文の途絶えることはなかったのである。こんなわけで、スペインでのエル・グレコは宗教画家として活躍した。彼自身が深い宗教的な感情の持ち主であり、生涯にわたり宗教画を描けることは、幸福だったのである。

エル・グレコの作品は、巨大なサイズのものが多い。聖堂の祭壇を飾る目的のものが多いわけだから、当然のことであるが、巨大な作品を多く手掛けている。とても一人ではできない相談だったろう。エル・グレコは大勢の弟子からなる工房を持っており、絵の制作にこの工房の手を動員したことは十分に考えられる。とりわけ、有名な絵には必ずいくつかのバージョンがあるが、それらは注文に応じて、工房で作成させたものだろうと考えられている。

上述したように、エル・グレコの画風は強い宗教性を感じさせる。幻想的な背景、強い明暗対比による人物の強調、その人物たちのデフォルメされた形態、これらの諸特徴があいまって、独特の宗教的世界を現出している。その幻想的な雰囲気からして、彼の絵は宗教的な幻想画といってもよい。



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