壺齋散人の 美術批評
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ラテュイユおやじの店にて:マネ




ラテュイユおやじの店はクリシー通りに面したオープンカフェだった。マネはここを根城にして、同時代の風俗を研究し、それを自分の絵に役立てていた。この絵は、そうした研究の成果の一つで、何気ない動作を通じて、現代生活の一端を伺うことができるように工夫されている。

絵の中の若い男はラテュイユ親爺の息子だ。この息子は兵役にいっていて、1879年7月に帰って来た。マネはそれを記念して、兵隊服姿の肖像画を描いてやろうと請け合った。ただ風俗画らしく、一人姿ではなく、女と一緒にいるところを描こうということになって、エレン・アンドレにその相手役をつとめさせた。しかしエレンは女優業が忙しくて、なかなかマネの思うようにポーズを取らなかった。そこで怒ったマネは、女をジュディット・フレンチに代えて描きなおしたのだが、そのさいに息子の服装も普通のものに変えてしまった。

絵のなかの息子は、うるんだ目で女を見つめている。女のほうはまんざらでもない様子で男を見つめかえしている。そんな二人を背後からウェイターがぼんやりと見つめながら立っている。この三人は、それぞれ視線によって結ばれているのである。

レストランにおけるこうした人々の何気ない振舞いを絵のテーマにしたのは、マネ以前にはなかったと言ってよい。風俗画の新しいタイプである。この傾向はその後ルノワールによって引き継がれることになる。

(1879年 カンバスに油彩)




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