壺齋散人の 美術批評 |
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カナの婚礼:ボスの世界 |
「カナの婚礼」と題したこの作品は、ボス研究家たちによってさまざまな解釈が加えられてきた。彼らの大方の共通意見は、ヨハネ福音書の中のキリストの最初の奇跡の場面を描いたものということだ。ガリラヤのカナというところで婚礼に臨んだ聖母マリアとキリストの物語である。マリアの意思に従って、キリストが樽の中の水を酒にかえて、出席者に振る舞ったというものだ。画面右下に6個の樽が描かれ、そのうちのひとつに男が水を注いでいる。この水が酒に変化するわけだ。 一方コリント書の中の「あなたは主の盃と悪魔の盃とを同時に飲んではならない、主の食卓と悪魔の食卓に同時についてはならない」を主題にしているとする見方もある。この見方に立てば、背景にある祭壇のようなものは悪魔のシンボルということになり、左手から男たちが運び入れてきた皿に白鳥やイノシシの頭が載っている理由が納得される。それらは不実のシンボルとして悪魔の誘惑を表しているというのだ。 また、ボスが生きていた時代の秘儀宗教の儀式を描いたものだとする説もある。フレンガーがその説の代表者で、ボス自身も秘密結社にかかわっていたと主張しているが、それは今では根拠がないとされるようになった。ボス自身は、聖母マリア兄弟団という正当なカトリック団体に属していたことがわかっているからだ。 この婚礼の模様が、聖母マリア兄弟団の婚礼儀式を反映したものだとする解釈は、そんなに不自然ではないといわれる。彼らの婚礼の席には小さい人たち〜小人〜が参加していたという。この絵の中で、見る者に背を向けて新郎新婦に盃を差し出している小さな人間はその小人だろうというわけである。 L字型のテーブルの、向かって右側にキリストがすわり、その両側に二人の男がいる。男たちの服装は同時代のものだ。一方尼僧姿のマリアの左隣には、福音時代の衣装を来た花嫁と花婿が座っている。キリストは右手を持ち上げて、二人を祝福しているように見えるが、二人の視線はキリストにではなく、小人の方に向けられている。そのキリストの正面には黒い帽子を被った男が盃をかざしている。また左上手の棚の上では怪しい老婆が鞴のような楽器を抱えている。音楽で婚礼を盛り上げようというのだろう。 だが婚礼というには、人々の表情はなんともぎこちない。花嫁花婿の方に向いている者はほとんどおらず、みな銘々に勝手なことをしている。ひとり樽に水を入れる男だけが、一心に仕事に励んでいると感じさせる。不思議な絵だ。 (板に油彩、93×72cm、ロッテルダム・ボイマンス・ファン・ベウニンゲン美術館) |
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