壺齋散人の 美術批評
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炎と洪水:ボス「悦楽の園」




ボスのトリプティック「悦楽の園」の右側画面は地獄を描いている。ボスの地獄のイメージは、炎と洪水からなるが、この絵でもそうである。後景で火災が、中景で洪水が描かれている。火災の炎は真っ赤に輝き、その赤い色合いが手前の水に反射している。洪水の方は途中で氷結し、薄い氷の状態を呈している。そして前景では、炎と洪水に慄きつつ、地獄に落ちた人間たちが、奇妙な生き物たちの手によって、責め苦を負わされているところだ。

この絵の中でもっとも注目を引いてきたのは、中央部分やや上手に描かれた、奇妙な男のイメージだ。卵の殻のような胴体から、二本の木の幹が生え、その足もとには二隻の小舟が浮いていて、木の幹のような足を乗せている。

卵の殻の後ろの方は割れて、内部がむき出しになっている。そこへ梯子をかけて上ろうとする男がいる。その殻の中には既に幾人かの人間たちがいる。彼らはいったい何をしているのだろうか。

男の頭には円盤が乗っており、その上には幾人かの人のほかに巨大なバグパイプが乗っている。バグパイプは陰嚢のシンボルだ。おそらくこの男は自分の陰嚢をもぎ取られて、それを頭の上に乗せているのだろう。男の尻が欠けているのは、陰嚢をもぎ取られた傷跡かもしれない。

全体的なイメージから、この男は樹木人間と呼ばれることが多いが、その樹木人間の周りには、樹木人に劣らず奇妙なイメージが描かれている。二つの耳たぶの間から飛び出した巨大なナイフ、樹木男の右側のナイフにはピンク色の円盤が乗り、その上にはグロテスクな生き物が数匹、人間をかみ殺そうとしている。男の尻の後ろには、仰向きになったサメのようなものがいるが、その腹に突き刺さった槍の先端には、人間がぶら下がっている。

氷を張った川の上では、船に乗る男、スケートをする男のほかに、氷が破れて川の水に溺れている男がいる。

前景では様々な拷問の様子が描き出されている。バンジョーの柄やハープの絃に括りつけられたもの、ウサギの化け物に逆さ吊りにされたもの、二匹の山犬に食いちぎられようとしている男、そして豚の化け物に言い寄られている男なのである。

このように、ここでのボスの地獄の描写は、其れまでのと比べて一層詳細であり、かつリアリティに富んでいる。





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