壺齋散人の 美術批評
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田舎の世話:ブリューゲルの風景版画




ブリューゲルの風景版画が当時の人々の人気を博した理由は、現代人が旅行パンフレットの写真に見とれる心理と似ている。写真がなかったブリューゲルの時代にあっては、ひとびとは、世の中で評判になっていながら、自分が行ったことのない土地の様子について、風景版画を通じて知ろうとしたのである。

実際ブリューゲルの版画の需要者は、16世紀半ばのフランドルの商人をはじめとした中産階級の人々だった。彼らはこの時代の西洋世界にあって、もっとも活発な好奇心を持つ人々だった。

アントワープやアムステルダムは、商業の中心都市として、この時代のヨーロッパの先端を走っていた。彼らは自らヨーロッパ中を駆け回っては、自分が見聞した外国の光景を、版画によって再確認しただろうし、また今まで訪れたことのないところの風景については、版画を通じて知ったことだろう。つまり風景版画は、単に美術的好奇心の対象であったのみならず、情報の発信源でもあり、また記念写真ようなのものでもあったわけだ。

上の作品は「田舎の世話」、制作年は1555年頃。全面には雄大な田園地帯が広がり、遠景には山々が峰を連ねている。その間を川が蛇行しながら流れ、やがて地平線の彼方へと消えていく。人々の視線は、こうした画面の配置に従って無理なく流れていくであろう。

前景右手には、杖に持たれて景色に見とれている人と、収穫に備えて半月鎌を磨いている人が描かれている。またその先には、馬車を追う人が描かれているが、これらが田舎の世話というテーマを暗示しているのだろう。

広大な景色の中に、人々の小さな姿を点景として書き入れる態度は、ブリューゲルが生涯貫いたものだった。





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