壺齋散人の 美術批評
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最後の審判:ミケランジェロ「システィナ礼拝堂祭壇画」




キリストと聖母:ミケランジェロ「最後の審判」
聖人たち(左列):ミケランジェロ「最後の審判」
聖人たち(右列):ミケランジェロ「最後の審判」
受難のシンボルを持つ天使たち:ミケランジェロ「最後の審判」
ラッパを吹く天使たち:ミケランジェロ「最後の審判」
祝福された人々:ミケランジェロ「最後の審判」
呪われた人々:ミケランジェロ「最後の審判」
死者の復活:ミケランジェロ「最後の審判」
地獄へ落とされた人々:ミケランジェロ「最後の審判」



システィナ礼拝堂の天井画を完成させた1512年には、ミケランジェロはまだ三十台の若さだった。その若さにして、彼はフィレンツェのダヴィデ像や、サン・ピエトロ寺院のピエタ像をも完成させており、当時のヨーロッパにおける最高の芸術家としての名声を確立したのであった。そんな彼に、天井画に続きシスティナ礼拝堂を飾る作品の注文が来たのは、1534年頃のことであった。そして製作に取り掛かったのが1536年。ミケランジェロは60歳になっていた。完成させたのは四年後の秋、天井画のお披露目記念日と同じ日のことである。このあらたな作品のテーマは「最後の審判」である。

「最後の審判」は、礼拝堂の東側の壁に描かれた。その壁の前には祭壇があるから、これは祭壇画としての位置づけを持たされたわけである。テーマである「最後の審判」は、いかにも祭壇を飾るに相応しいものだったと言える。

この壁画のサイズは、幅13.3メートル、高さ14.4メートルもあり、世界最大規模の壁画である。

製作にあたっては、やはり巨大な足場を組むことから始まったが、天上画の時のようなむつかしい技術的な制約は少なかった。しかし、ミケランジェロは、製作の終盤の時点で足場から落ち、脚に大怪我をしている。その時には、親しい医者バッチョ・ロンティーニに治療してもらい、早期に製作に復帰した。

天井画と同様フレスコ画法で描かれている。それもブオン・フレスコという正統派の画法で描かれているが、ユニークな特徴もある。たとえばラピスラズーリのようなフレスコ画には適合しない顔料を用いている点である。これには、明るい色彩を演出したいとするミケランジェロの意図が反映したといわれる。晩年のミケランジェロは、青年時代に身につけたフィレンツェ派の画法から、明るい色彩を重視するヴェネツィア派の画法への傾斜が認められる。

構図は、画面を横分割する技法を用いている。すなわち上から順に横方向に四列に分割し、それぞれの列に大勢の人物像を配するというやり方である。二列目の中央にはキリストと、その脇に聖母マリアが位置し、最後の審判という厳粛な場面を主催している。

最上列には天使たち、キリストと同じ第二列には聖人たち、第三列には祝福された人々、そして最下部の第四列には地獄へ落とされた人々が描かれている。地獄へ落とされた人々に向かっては、天使たちが審判のラッパを吹き鳴らす一方、悔い改めたことで復活の可能性が生じた人々も描かれている。





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