壺齋散人の 美術批評
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ムンクの不安:絵の鑑賞と解説


ムンクといえば誰しも、「叫び」と題された一点の絵を思い浮かべるだろう。真赤に染まった空を背景にして、一人の男が橋を渡ってこちらに向かっている。男の顔は大きくゆがみ、両手を耳のあたりに当てている。その表情には恐怖が読み取れる。男が恐怖のあまりに叫んでいる、そういう切迫感がある作品だ。

この「叫び」に限らず、ムンクの絵には人間の精神の現われを感じさせるものが多い。絵におけるそういう傾向は、二十世紀に入ってから、表現主義の運動などを中心にして高まってきたのだが、ムンクはすでに19世紀中にそのような作品を作っていたわけだ。


批評家によってはムンクを「表現主義」のカテゴリーに含めるものもいるが、それはあまりフェアな扱いではないだろう。ムンクには、そんな芸術上の運動を超越した、彼だけの独特の世界があるのだと見たほうがフェアな態度というものだ。

ムンクはノルウェー人だ。ノルウェー人は、ムンク以前には全くと言ってよいほど美術に縁が無いといってよかった。だからムンクはノルウェー人にとっては、突然変異のような現象だった。だが突然変異と言っても、芸術家の場合には、伝統と無縁ではいい仕事はできない。ムンクはその伝統を自国のうちに求めることができなかった。そこで彼は、ドイツやフランスの伝統を拝借する形で画業の修練を始めたわけだが、それらの伝統にとっての異邦人であるムンクは、自ずから違う動きをせざるを得ない運命を持っていたようだ。

十九世紀の最後の数年間に、ムンクは自分だけの独特の世界を切り開いていった。それが「叫び」に代表されるような、メンタルな世界だったわけだ。このメンタルな世界をムンクは、単独の作品としてではなく、一連のシリーズをなすものとして制作した。それが「生命のフリーズ」と称される作品群である。このシリーズは、1893年頃から、世紀の変わり目にかけて、一群の作品として結実した。それらはいずれも人間のメンタルな世界を表現したものばかりである。これらの作品群によってムンクは、ヨーロッパ絵画の歴史にゆるぎないポジションを確立することとなる。

1907年頃を転機として、ムンクの作風は大きく変化する。この頃に、爛れた女性遍歴や長い間のアルコール中毒から開放され、のびのびとした気分で仕事できるようになったことが、背景に働いていたと思われる。メンタルな世界を表現した暗い感じの作風から、人間の力強さを表現した明るい作風に変っていったわけである。

だがムンクといえばやはり、生命のフリーズに代表される精神世界の表現者として受け取られている。ムンクが1930年代にナチスによって「頽廃芸術」の烙印を押されたのも、彼のメンタルな作風がナチスの気に入らなかったためだ。

このサイトでは、ムンクの画業のうち、「生命のフリーズ」を中心とした比較的初期のものを対象として、作品の鑑賞を行い、適宜解説を加えたい。(上は、ムンク三十代前半の自画像)



カール・ヨハン街の夕べ:ムンクの不安
メランコリー:ムンクの不安
病室の死:ムンクの不安
声:ムンクの不安
吸血鬼:ムンクの不安
叫び:ムンクの不安
思春期:ムンクの不安
マドンナ:ムンクの不安
不安:ムンク
嫉妬:ムンクの不安
メタボリズム:ムンクの愛
赤いアメリカ蔦の家:ムンクの不安
生命のダンス:ムンク
桟橋の少女たち:ムンク
水浴する男たち:ムンク
雪の中の労働者:ムンク


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