壺齋散人の美術批評
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ウィリアム・ホガースの版画




ウィリアム・ホガース(William Hogarth 1697-1764)は、イギリスが生んだ最初の本格的な国産画家と言われる。イギリス人は、金儲けにはたけているが、芸術にはあまり熱心ではなかった。とくに美術の方面では、18世紀になるまでまともな芸術家を生んでいない。その実際的で現世的な国民性が、美術の発展をさまたげていたようである。ホガースが青春時代を過ごした18世紀初めの時代には、フランドルなど外国の画家が美術市場の需要にこたえていた。そんなイギリスに現れたホガースは、イギリスにも美術を根付かせ、イギリスにおける美術家の地位向上に多大な貢献をした人物として、いわばイギリス美術の父といってよい存在である。

ホガースは画家ではあるが、画家としてのまともな教育は受けていない。銀細工の師匠に弟子入りしただけである。それも家計の不如意から途中で脱落しており、ほとんど独学で美術を学んだといってよい。手本はフランドルの画家であった。ホガースの初期の作品は、油彩で描いた肖像画が多いのだが、それらにはフランドル絵画の影響が指摘できる。だが、かれは独自の感覚の持ち主であり、フランドル絵画の模倣から早い時期に脱し、風俗画を中心にして、独自のスタイルを開発していく。

ホガースの名声を高めたのは、油彩画ではなく版画であった。最初に手掛けたのは、1662年に出版されたサミュエル・バトラーの風刺詩「ヒューディブラス」の重版への挿絵であった。これは挿絵であるから小画面の作品であるが、後に彼の作風となる要素がもれなく盛られていた。それは道徳的なメッセージを盛り込んだ教訓絵というべきものである。そんな教訓癖がホガースにはあって、そのため芸術家としては軽視される理由ともなっている。

当時のイギリスでは、版画の需要は高かった。なにしろ写真のない時代であるから、人々は版画を通じて様々な貴重な情報を得ていた。その版画の世界にホガースは道徳的な教訓の要素を持ち込んだ。彼の版画の最初の本格的シリーズは「娼婦の遍歴」であるが、これは若い女性にたいして、身をもちくずさないように警告する内容を打ち出していた。もともと油彩画として制作されたものを版画に仕立て直し、予約販売という形で売りだしたところ大当たりをとった。娘の教育に熱心な親たちがきそって買い求めたのである。

第二シリーズ「放蕩息子の遍歴」と第三シリーズ「当世風の結婚」も大いに当たった。前者は「娼婦の遍歴」の延長であり、後者は上流階級の欺瞞性をテーマにしていた。彼の版画シリーズの代表作といわれる「勤勉と怠惰」は、「娼婦の遍歴」などの若いころの作品とくらべえ仕上げが粗いといわれるが、教訓的な面はいっそう際立っている。

そんなわけで、ホガースは教訓を目的とした道徳的な物語作者というレッテルを張られることがある。19世紀の批評家ウィリアム・ハズリットは、絵は本来見るものだが、ホガースの絵は読むものだと評している。

油彩画には風俗画的なものが多い。しかも版画と同じく、教訓めいた意図を感じさせる。唯一教訓と無縁なのは「エビ売りの少女」である。これは庶民の少女の表情をスナップショット的に捉えたもので、ホガースの感性の原点のようなものを感じさせる作品である。


サミュエル・バトラーの風刺詩「ヒューディブラス」への挿絵:ウィリアム・ホガースの版画

サー・ヒューディブラス 移ろいゆく価値:ホガースの「ヒューディブラス」への挿絵

ヒューディブラスの最初の冒険:ホガース「ヒューディブラス」への挿絵

勝ち誇るヒューディブラス:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

トルーラにやっつけられるヒューディブラス:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵その五

苦悩のヒューディブラス:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

ヒューディブラス、スキミントンと出会う:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

シドロフェルと従者ウェイカムを倒す:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

尋問されるヒューディブラス:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

委員会:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

テンプル・バーでランプを焼く:「ヒューディブラス」へのホガースの挿絵

ヒューディブラスと弁護士:「ヒューディブラス」へのホガースの挿

ホガースの風俗版画「娼婦の遍歴」シリーズ

モルは今や裕福な商人の妾として囲われる:ホガース「娼婦の遍歴」シリーズから

モル、妾から普通の売春婦になる:ホガースの版画シリーズ「娼婦の遍歴」から

モル、ブライデウェル刑務所で麻を打つ:ホガースの版画シリーズ「娼婦の遍歴」

梅毒で死につつあるモル:ホガースの版画シリーズ「娼婦の遍歴」

モルの通夜:ホガースの版画シリーズ「娼婦の遍歴」

ウィリアム・ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

キリスト教徒の義務を果たす勤勉な徒弟:ホガース「勤勉と怠惰」シリーズ

教会内で礼拝中遊んでいる怠惰な徒弟:ホガース「勤勉と怠惰」シリーズ

勤勉な徒弟は気に入られ親方に信頼される:ホガース「勤勉と怠惰」シリーズ

怠惰な徒弟は追放され、海へ送られる:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

勤勉な徒弟が年季奉公を終え、主人の娘と結婚する:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

怠惰な徒弟は海から戻り、売春婦と屋根裏にいる:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

勤勉な徒弟は豊かになり、ロンドンの保安官になる:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

怠惰な徒弟が売春婦に裏切られ、共犯者ともども木賃宿につれていかれる:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

勤勉な徒弟は市議会議員、怠惰な徒弟は共犯者によって弾劾される:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

怠惰な徒弟はタイバーンで処刑される:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

勤勉な徒弟はロンドン市長:ホガースの版画シリーズ「勤勉と怠惰」

ホガースの版画シリーズ「選挙のユーモア」

投票の呼びかけ:ホガースの版画シリーズ「選挙のユーモア」

投票:ホガースの版画シリーズ「選挙のユーモア」

議員を椅子に乗せる:ホガースの版画シリーズ「選挙のユーモア」

ビール通り:ホガースの風俗版画

ジン横町:ホガースの風俗版画

エビ売りの少女 ホガースの油彩画



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