壺齋散人の 美術批評
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ゴヤの版画


ゴヤは生涯に四種類の版画集を制作した。「気まぐれ( Los Caprichos )」、「戦争の惨禍( Los Desastres de la Guerra )」、「闘牛技( Tauromaquia )」、「妄( Los Disparates )」である。このうち、生前に刊行されたのは「気まぐれ」と「闘牛技」だけであり、刊行数も少なかった。のみならず、「気まぐれ」については、内容の過激さから、権力によって弾圧される可能性を考えて、ゴヤ自身が流通を遠慮していたフシがある。ゴヤは晩年に、「気まぐれ」の原版を、王室に寄贈し、王室の権威を借りて、その抹消を逃れようと図ったくらいである。「戦争の惨禍」と「妄」は、これらを相続していた息子ハビエルの死後にやっと刊行された。

要するにゴヤの版画は、闘牛ファンであったゴヤが、趣味も兼ねて作った版画集である「闘牛技」を除いては、大手を振って現れたわけではない。その理由は、これらの版画集が、ゴヤの同時代のスペインを強烈に批判しているということにあった。ゴヤは、政治的には自由主義者であり、王党派とは一線を隠していた。それにもかかわらず、困難な時代を何とか生き抜くことができたのは、王室の宮廷画家としての名声のおかげであった。宮廷画家としてのゴヤは、王家や貴族の肖像画を描くことに徹していたわけであり、その方面では高い評判を得ていた。だから、あまり派手な動きを見せないかぎり、画家としての安全は保たれたのである。

こんなわけで、ゴヤの生前に公然と流通できた版画集は「闘牛技」だけだったと言ってよい。だから、ゴヤは版画作家としてはほとんど知られていなかった。画家としても、陳腐な宮廷画家としてしか評価されていなかった。もし、「版画集」や「黒い絵」と称される一連の絵が埋もれてしまっていたら、ゴヤは世界の絵画史上に偉大な名を残すことはなかっただろう。それほど、ゴヤにとって、「版画集」の意義は重い。

ゴヤの版画に注目し、その意義を世界に向かって発信したのは、「悪の華」の詩人シャルル・ボードレールである。ボードレールが1858年に発表した小論「外国の風刺画家」たちによって、ゴヤはフランスのドーミエと並んで、もっとも偉大な版画作家として知られるようになったのである。

ボードレールが批評の対象にしているのは「気まぐれ」だけのようであるが、それだけでもゴヤが偉大な版画作家だという評価に揺るぎはなかった。この版画集は、ボードレールが取り上げる前にすでにフランスで知られていたらしく、テオフィル・ゴーティエが批評していたことは、ボードレール自身の筆から知ることができる。ゴーティエは、ゴヤの版画が、エッチングとアクァチントの組み合わせからなるという技術面のユニークさに注目したのであるが、ボードレールは、その内容の独特さに注目した。その独特さとは、同時代に対する辛辣な批評精神にあると、ボードレールは見立てたのであった。

もっとも、ボードレールの記述にはかなり不正確なところがあるので(たとえば「気まぐれ」第59図の説明とか、闘牛を描いた作品の説明など)、不確かな記憶に頼っていることを伺わせるが、ゴヤの版画が持つ強烈な批判精神は的確にとらえている。

四つの版画集の制作年代とその大まかな特徴は以下の通りである。

「気まぐれ( Los Caprichos )」:1799年の1月に、オスーナ公爵に4セットの完成版を売却していることから、その直前に完成したと思われるが、その大部分は1797年頃には出来上がっていたらしい。ゴヤが、これらの版画を作り始めたのは、1793年の大病(ゴヤはこの病気のために聴力を完全に失った)の直後からのようだ。聴力を失ったゴヤは、異常に神経過敏になったらしく、そうした精神状態が世界の見方にも影響し、辛辣な批判精神を養った可能性がある。この版画はまさに、ゴヤの批判精神が発露されたものなのである。

ゴヤは、この版画集に現れた批判精神が王党派を刺激することを恐れていたようだ。晩年の手紙の中で、1803年頃にこの版画の原版を王立銅板印刷所に寄贈したが、その目的は、王の権威を借りることで、異端審問所の告発を逃れることだったと書いている。もっとも、その目論見は効を奏せず、ゴヤは結局異端審問所の告発をうけるのであるが。

「戦争の惨禍( Los Desastres de la Guerra )」:題名からわかるとおり、これは戦争の惨禍をテーマにしたものである。ここで言う戦争とは、1808年に始まる対ナポレオン戦争や1810年に始まるメキシコ独立戦争が主なものである。19世紀初頭のスペインは戦争に明けくれていたといってもよく、それに民主派と王党派との間の抗争が加わって、民衆は塗炭の苦しみを舐めていた。この版画集は、そうした民衆の苦しみが主なテーマだ。そんなこともあって、この版画集は、ゴヤの生前には発表されなかったのである。

「闘牛技( Tauromaquia )」:対ナポレオン戦争が終わった1814年から16年にかけて制作され、1816年に刊行された。ゴヤは闘牛のファンで、闘牛場には足しげく通ったと言われる。この版画集は、闘牛見物の折々に目にした光景を視覚的に再現したのであろう。趣味を絵にしたということもあり、のびのびとした雰囲気が伝わって来る。

「妄( Los Disparates )」:製作年代は、「黒い絵」とほぼ同じ1819年から23年だとされる。黒い絵が、公開を予定しなかったと同様、この版画集も始めから公開を予定していなかったらしい。題名も、ゴヤが与えたものではなく、死後刊行されるにあたって編集者が便宜的につけたものである。



気まぐれ
仮面の娘たち:ゴヤの版画
女の略奪:ゴヤの版画
愛と死:ゴヤの版画
貪欲な聖職者たち:ゴヤの版画
遣手婆:ゴヤの版画
むしられる鳥たち:ゴヤの版画
異端審問:ゴヤの版画
怠惰と貪欲:ゴヤの版画
牢獄:ゴヤの版画
ロバの学習:ゴヤの版画
非理性としての怪物:ゴヤの版画
妖怪:ゴヤの版画
空疎な権威:ゴヤの版画
生への執着:ゴヤの版画
魔女たち:ゴヤの版画
変身:ゴヤの版画
妖術の修行:ゴヤの版画
束縛:ゴヤの版画

戦争の惨禍
1808年5月 対仏戦争の始まり:ゴヤの版画
勇敢な女性たち:ゴヤの版画
抵抗もむなしく:ゴヤの版画
敗者を略奪:ゴヤの版画
処刑:ゴヤの版画
見せしめ:ゴヤの版画
とばっちり:ゴヤの版画
墓地へ:ゴヤの版画
旧体制の復活:ゴヤの版画
スペインの未来:ゴヤの版画

闘牛技( La Tauromaquia )
モーロ人と闘牛:ゴヤの版画
闘牛する英雄たち:ゴヤの版画
無謀な技:ゴヤの版画
華麗な技:ゴヤの版画
闘牛士の死:ゴヤの版画

妄( Los Disparates )
女と滑稽:ゴヤの版画「妄」
大阿呆:ゴヤの版画「妄」
結婚:ゴヤの版画「妄」
飛翔:ゴヤの版画「妄」



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